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ハロー、僕は生きているよ/カーシム・トゥルキ/高遠菜穂子 [本]

ナホコは子どもたちが必要としている緊急支援をしていた。僕は、彼らが死んだ後の報復ばかり考えていた。僕と彼女、どちらがまちがっているのだろう? この点において、僕がどれほど自分勝手で、どれほど「支援」と「平和」の意味を誤解していたかを知ることになった。
僕は、人々を支援するために両手を空けておかなければならない。僕の両手はいつも「平和」にしておかなければならない。僕の手も心も、銃で多忙にしておくべきではないのだ。ナホコは僕に人々のために役立つ人間になる方法を教えてくれた。これは僕にとって初めて、平和な両手を心が人々を真に助けるということを信じられるきっかけになったのだった。(p213)

彼らはイラクが新しく生まれ変わると言ったんだ。
昨日とも、今日とも違う、新しいイラクになるって。
昔、息子のために泣いていた母親がいたって。
今は、そんな母親はどこの通りにもいるよ。
昔、僕たちは愛する人をけっして忘れないと言っていた。
今は、朝に埋めて夜には忘れるんだよ。
昔、ドアをノックするのは安心な者だった。
今は、誰もが何もかもを恐れている。
その国に太陽は昇り、やがて星が眠りを誘う。
そして、また陽は昇る。
必ず、また陽は昇る。
(フサームアルラサム p164)

2008年5月の九条世界大会で、高遠さんに紹介された若者を思い出しました。人の争いは個人も国家も醜い。だが、肉親を殺されてもなお、平和を願うことがかなうだろうか。
主に委ねるしか私はその術を知らない。

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